愛知県☆名古屋市中川区☆尾頭橋「八幡園」に残る赤線建築 

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八幡園の歴史

名古屋で戦後に赤線地区に指定されていた名楽園、城東園、港陽園、そして「八幡園」
戦前までは芸妓主体の柳界「八幡連で戦後に赤線に転業したが、すぐに衰退。

戦前の花柳界八幡連が、ゴッソリ赤線に転向。四、五年は味があったが当今はだめ。
中川区八幡町あたりに六十八件三百二十四名。

全国女性街ガイド

ゴッソリ赤線に転業と書かれていますが、
芸妓さんは何処に行ったんでしょうね?

2009年当時に歩いた尾頭橋の記録を辿ります

料亭とカフェー調の建物が混在しています。
現在は随分と建物も壊されて新しい住宅やコインパーキングに変貌しています。
近くにJRAがあるので、駅近くの公園でおじさん達の姿を多く見掛けます。

公園そばの元タバコ屋さん、タイルの円柱が当時の面影を感じるのですが、
自販機がジャストフィットピッタリ挟まってますね(^^)

暖簾の女の子が可愛いですね。素足なところが涼し気。。。

アーチが綺麗ですね。すぐ隣は純和風

赤く縁取りした丸窓が可愛いですね。

屋号床元
随分前に解体されて現存していないです。

横から見ると結構大きな建物です。

八幡温泉の煙突 今度、銭湯にも入ってみよう!

11年以上の年月が過ぎているので、また尾頭橋界隈もゆっくりと散策したいですね。

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この記事を書いた人

海外生活を経て改めて日本の文化に興味を持ち
遊郭建築や古い建築物を巡っています。
花街の歳時記を記録していきます。

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